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若者の大集結を騒ぐ前に「行き場」を問え 都市デザイン会社代表がDezeenに寄稿

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米国では2026年の夏、「ティーン・テイクオーバー」という言葉が広まった。ネットで呼びかけ合った若者が、繁華街やショッピングモール、公園に大勢で現れる現象である。都市デザイン会社アーバン・ムーブメントの共同創業者、クリストファー・マーティン氏はDezeenへの寄稿で、問題の根はそこではなく、若者の行き場を都市が奪ってきたことにあると論じた。

何が起きたのか

マーティン氏は、暴力を伴った集まりには対応が必要だと認める。そのうえで、「テイクオーバー(乗っ取り)」という呼び名そのものに疑問を投げかける。自分の街の中心に若者が集まることを、まるで領土への侵入のように扱っているからだ。ロンドンでも2026年春に同じような騒ぎがあり、欧州では若者の孤立や政治離れへの不安が強まっている。

同氏が引く最近の論文は、若者に対する都市の態度を「見下す都市」と名づけた。若者が公共空間で許されるのは、大人に見守られているか、お金を使っているか、大人の期待どおりにふるまっているときだけだという。

そこで同氏は、若者にどこへ行けと言うのか、と問う。ユースクラブは消え、図書館は夜まで開かず、安い喫茶店はチェーン店に変わった。ベンチや、何もせずに午後を過ごしても誰も気にしなかった街の片隅もなくなった。米メディアのアクシオスも2026年夏、モールや安く過ごせる場所が消え、公共空間が10代に冷たくなったことで、米国の10代は集まる場所を失っていると報じている。小さな集まりの場を取り除いておきながら、大きな集まりになると慌てる。同氏はこの堂々巡りを批判する。

背景

家でも学校や職場でもない「サードプレイス」は、人間関係が生まれる場所である。同氏によれば、家も学校も自分のものではなく、酒場に入る年齢でもなく、お金もない若者にとっては、とりわけ大事だ。

ところが現代の都市は、はっきりした経済的な目的を持たない人に不寛容になった。芸術家のニルス・ノーマン氏は1990年代から、管理と民営化が進む街に増えた小さな装置を記録してきた。花こう岩の縁にステンレスの突起を付け、スケートボードで滑れないようにする類いのものである。英ブリストルの市民団体プレイング・アウトは、「ボール遊びはどうぞ」と、こうした街に異を唱えている。

同氏は、欧州評議会の若者参加に関する新しい憲章が、若者には社会に参加するための「手段、空間、仕組み」が要ると記している点を挙げ、空間はたとえ話ではないと強調する。いま大改造が始まったロンドンのオックスフォード・ストリートについても、入場料も使い方の決まりもない場所を示せるかどうかが問われていると述べる。

日本にとっての意味

マーティン氏が並べた「消えた場所」は、日本政府の文書にもほぼ同じ形で出てくる。政府が2023年12月に閣議決定した「こどもの居場所づくりに関する指針」は、空き地や路地裏のように自由に遊べた場や、駄菓子屋のように結果として居場所になっていた場が減ったと書き、「ボール遊びなどが禁止されている公園も多い」と認めている。

指針はさらに、居場所かどうかは「こども・若者本人が決める」ものだとする。一方で、居場所をつくるのは第三者が中心なので、両者には「隔たり」が生じ得ると明記している。大人の期待どおりにふるまう若者だけを受け入れる「見下す都市」への批判と、同じずれを見ている。大人が用意した居場所が、若者にとっての居場所になるとは限らない。