大英博物館の貸与提案にギリシャ首相『所有権認められぬ』と反発
大英博物館のニコラス・カリナン館長が、英仏間で成立したバイユーのタペストリー展示の合意をパルテノン神殿彫刻の貸与交渉の手本にできると発言した。これに対しギリシャのミツォタキス首相は英紙ガーディアンへの寄稿で強く反発し、貸与という形自体を拒む姿勢を示した。彫刻の返還を求める英ギリシャ間の対立は新たな局面を迎えている。
何が起きたのか
カリナン館長はこのほど英紙フィナンシャル・タイムズに対し、1066年のノルマン征服を描いたバイユーのタペストリーが英仏間の取り決めでロンドンに貸し出されたことが、パルテノン彫刻をめぐる貸与合意の先例になり得ると述べた。同タペストリーの展示は大英博物館で現地の2027年7月11日まで開催されている。
ミツォタキス首相はこれを受け、ガーディアン紙への寄稿で、現存するタペストリーを半分に切ってロンドンとバイユーで別々に展示することなど誰も真剣に検討しないだろうと述べ、パルテノン彫刻には実際にそれと同じことが起きたと批判した。彫刻は本来一体の作品であり、現存する部分は主にロンドンとアテネに分かれて所蔵されている。
首相はさらに、「ギリシャは大英博物館の所有権を認めることを求める取り決めや、自国の遺跡の一部を『借りる』ような枠組みは受け入れられない」と強調し、彫刻はアクロポリスの遺跡を望める場所でまとめて展示されるべきだと主張した。あわせて英国のバーナム首相に返還への政治的な意志を持つよう求めた。バーナム氏は以前は返還を支持する立場だったが、フィナンシャル・タイムズの取材に対しては、最終的には大英博物館の判断であり、法的にはそこに帰着するとしつつ、英国の文化外交の活用には賛成だと語った。
背景
パルテノン彫刻は1817年以来、大英博物館が所蔵している。当時オスマン帝国駐在の英国大使だったスコットランド貴族エルギン卿がアテネのアクロポリスにあるパルテノン神殿から彫刻を取り外し、英国に持ち込んだことに由来する。ギリシャ政府は1983年に彫刻の返還を正式に要求しており、対立は40年以上に及ぶ。
大英博物館の理事会は、エルギン卿の行為は当時のアテネとロンドン双方で合法的な当局から全面的な了解と許可を得て行われたもので、不法な持ち出しではないとの立場だ。一方で同館は、所蔵品の処分を原則認めていないとされる1963年の大英博物館法があるため、返還ではなく貸与という形でしか彫刻を動かせないという立場を取ってきたとみられる。だが貸与を受け入れることは貸し手である大英博物館の所有権を認めることになるため、ギリシャ側には受け入れがたい妥協案となる。2022年には同館のオズボーン会長が取引の余地はあると発言したが、交渉は行き詰まっているとされる。
日本にとっての意味
所蔵側と請求側が「動かすときの名目」で対立する構図は、日本も経験している。1965年の日韓文化財・文化協力協定では、韓国側が「返還」、日本側が「贈与」を主張して折り合わず、最終的に条文は第二条で「引き渡すものとする」という中立的な表現に落ち着いた。返還・贈与・貸与のいずれの語も条文そのものには使われていない。
2010年の日韓図書協定でも同じ構図が繰り返された。宮内庁所蔵の朝鮮王朝儀軌などを対象に、日本は所有権を動かす「引渡し」を選んだのに対し、同じ時期にフランスは自国が持つ朝鮮王朝儀軌を韓国に「貸与」する形で合意している。所有権を残すか手放すかという名目の違いは、国会審議でも論点になったとみられる。