マウリッツハイス、17世紀絵画をユダヤ人画商遺族に返還へ
オランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵する17世紀の風景画が、ナチス・ドイツに奪われた作品と判明し、ユダヤ系画商の遺族に返還されることになった。英美術専門誌ザ・アート・ニュースペーパーが現地時間9月22日に報じた。
何が起きたのか
返還対象はオランダ黄金時代の画家ヤン・ファン・ホイエンが1651年に紙に油彩で描いた『湖畔の漁師たち』(Fishermen by the Lakeshore)。マウリッツハイスが1967年に5万8000ギルダー(当時の英ポンド換算で約6000ポンド)で購入した作品だ。
美術館の来歴調査(プロヴェナンス、provenance)によって、この作品がユダヤ系の著名画商ジャック・グッドスティッカーの旧蔵品目録に記載された作品と一致することが分かった。グッドスティッカーは1940年、英国へ向かう船で避難する途中に死去した。営んでいた画廊の1113点にのぼる作品群は、未亡人の同意のないままドイツ側の買い手に売却され、作品はドイツへ運ばれた。その一部はナチス幹部ヘルマン・ゲーリングの手に渡った。
オランダの返還委員会(Restitutions Committee)は、この作品を画商の息子エドゥアルトの未亡人マレイ・フォン・サハーへ返すよう勧告し、オランダ文化相リアンネ・レッチャルトがこれを受け入れた。マウリッツハイスの収集・調査部門責任者ユディト・ニーセンは「1960年代に善意で購入したもので、手放すことになるのはもちろん寂しい」と語りつつ、「これは我々のものではない。グッドスティッカー・コレクションから不当な形で流出したものだ」と話している。
背景
ナチス・ドイツは占領地のユダヤ人資産家から美術品を没収したり、強制的に安値で売却させたりした。ゲーリングは戦争中に大量の美術品を集めたことで知られる。戦後、こうした略奪美術品の来歴を調べ、正当な所有者に返す取り組みが各国で進み、1998年には「ワシントン原則」という国際的な指針もまとめられた。ただし実際の返還は各国の委員会や美術館の判断に委ねられており、進み方には差がある。
オランダでは2006年、複数の美術館からグッドスティッカーの遺族へ202点が返還され、その際には世論の批判と、今後も多くの作品を失うのではないかという美術館長らの懸念が広がった。アムステルダムの法律事務所の美術法弁護士アウケ・ファン・ホークは、この一件を機に審査が厳しくなり、「他の請求者が作品を取り戻しにくくなった」と指摘する。今回の返還委員会の勧告は、オランダの返還政策を「人道性、透明性、善意」を重んじる方向へ転換した近年の流れに沿うものだ。
日本にとっての意味
マウリッツハイスは、日本でも公開されたことのあるフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』を所蔵する美術館として知られる。今回のような個別作品の返還は目立たないニュースだが、ナチス略奪美術品の来歴調査と返還が今も続いていることを示している。
東京のSOMPO美術館が所蔵するゴッホの『ひまわり』をめぐっては、2022年、ナチス時代の強制売却だったとする旧所有者の遺族が、米国イリノイ州の連邦地裁に返還を求めて訴訟を起こした。来歴に疑義のある西洋美術は、日本の美術館や収集家が購入する作品の中にも含まれうる。善意で購入した作品でも自分たちのものではない、とするニーセン氏の考え方は、西洋美術品を扱うすべての機関にとって参考になる視点だろう。