デザイン・雑貨・イベント

Spotifyにない音をカセットで ベルリンの百貨店カーデーヴェーに試聴ブース

ドイツ の記事一覧 ・ ヨーロッパ

ベルリンの百貨店カーデーヴェー(KaDeWe)の2階に、中古の自動車の座席と140本を超えるカセットテープを使った試聴ブースが設けられた。設計はデザイン事務所のヨント・スタジオ(Yont Studio)。テープは中古店や個人の収集家から集めたもので、ラジオ放送を誰かが録音したものも含まれる。

何が起きたのか

ブースは、音楽プラットフォームのテレコム・エレクトロニック・ビーツ(Telekom Electronic Beats)と、地元のファッションブランドのナミリア(Namilia)との共同制作である。ナミリアとテレコム・エレクトロニック・ビーツ、イギリスのインディーロックバンドのウェット・レッグ(Wet Leg)が組んだファッションコレクションの発表に合わせてつくられた。ナミリアは、英王立芸術大学(RCA)を卒業したナン・リー氏とエミリア・プフォール氏が運営している。置かれているのは100年を超える歴史を持つ同店の2階で、店は最近、建築事務所OMAが改修した。ブースは現地の9月27日まで開いている。

着想のもとになったのは、イギー・ポップが1977年に発表した「パッセンジャー」である。西ベルリンに滞在していた時期にデヴィッド・ボウイと録音した曲で、車の窓の外を流れていく世界を眺める甘い憂いを歌っている。ヨント・スタジオはこの感覚を再現しようと、中古の黒い革張りの自動車の座席を円形に並べた。買い物客は足を止めて座席に腰を下ろし、ヘッドホンで珍しいカセットや中古のカセットを聴く。

同事務所をセルダル・アイヴァズ氏と立ち上げたジョシャン・カラデニズ(Coşan Karadeniz)氏によれば、出発点は郷愁に近いものだという。子どもの頃、車での長旅で好きな歌手のカセットを聴いた記憶である。同氏はこれを、今のインターネットの世界とは逆の「ゆっくりとした、身体を使う儀式」と表現した。

テープとプレーヤー、コレクションの服を収めるのは、鮮やかなピンクの発泡材でできた4基のくさび形の什器で、金属の棚とハンガーレールが組み込まれている。2人は発泡材を石で叩き、火炎放射器で焼いて表面を荒らし、仕上げに発泡スチロールから鉄筋のように金属の棒を突き出させた。アイヴァズ氏は、直感で進める作業で「とても手作業で、まるで石器時代」だと話す。

狙いは、ベルリンのテクノが生まれたブルータリズムのコンクリート空間を思わせることにある。一方で、つやのあるピンクの車用塗料や、性具をかたどった洋服フックといった細部が、不遜さを添えている。アイヴァズ氏によれば、出発点になったのはナミリアの「悪びれず、キンキーで、クィア」な姿勢だった。同氏はカーデーヴェーを、ベルリンで最初の高級百貨店で豊かな歴史を持つ場所だと述べ、そこに若く新鮮で、ある意味で挑発的なものを持ち込めたことを喜んでいる。

背景

テクノは音源の側にもある。コレクションには、スヴェン・フェート(Sven Väth)やカール・コックスといった先駆的なDJのセットが、ほとんど知られていないワールドミュージックと並んで入っている。選んだのはテレコム・エレクトロニック・ビーツのチームで、中古店や個人の収集家から集めた。チームによれば、ごく一部でしか知られていない、あるいは一度しか録音されなかったために、Spotifyにもほかのどこにもない音楽が多い。ラジオから録音されたものや、誰かがDJセットを丸ごと録ったものもあり、基本的にはここでしか聴けないという。

来場者は好きなだけ滞在して聴くことができる。カラデニズ氏は、自分のカセットを持ち込んで好きなものを聴いたり、そこにあるテープと交換したりしてほしいと話し、ブースを「ある種の生き物のようなもの」と呼んだ。

ヨント・スタジオの2人は、ベルリン工科大学で建築を学んでいたときに知り合ったクラブ通いの仲間で、きちんと設計された音楽空間への需要の高まりに応えるところに活路を見いだした。エポキシ樹脂と発泡材を組み合わせた遊び心のあるブルータリズム風のDJブースで知られ、2026年のミラノ・デザインウィークや、ベルリンのミッテ地区で手がけたレコード店でもこの手法を見せている。

アイヴァズ氏は、デジタル化が進むほど人は感覚に訴える体験を大事にするようになるとみている。音は空間に入ってまず気づくものの一つなので、その場に身を置いて体験することへの関心はさらに高まるだろう、というのが同氏の見立てだ。写真はフアン・カミロ・ロア氏がテレコム・エレクトロニック・ビーツのために撮影した。

日本にとっての意味

テレコム・エレクトロニック・ビーツのチームが「ここでしか聴けない」と言うテープの中には、ラジオを誰かが録音したものがある。放送は流れた時点で消える。残るかどうかは、誰かが録っていたかどうかにかかっている。

それは放送する側でも同じだった。NHK技術局の大久保達也氏とNHK放送技術研究所の八木伸行氏が2003年に人工知能学会誌に寄せた論文によれば、NHKが本格的に番組を保存し始めたのは1981年からである。それより古い番組が残っているのはたまたまで、キネレコ(テレビの画面をフィルムに撮影して記録したもの)などによる。1964年から1969年にかけて1224回放送された「ひょっこりひょうたん島」も、論文の時点で残っていたのは8回分だけだった。

一方で、日本は配信に移り切っていない市場でもある。日本レコード協会が2026年3月4日に公表した推計によると、2025年の国内の音楽ソフトと音楽配信の売上は合わせて3,988億円。このうちCDなどの音楽ソフトは約2,288億円で、配信の約1,700億円を上回った。CDだけで1,686億円あり、サブスクリプションによるストリーミングの1,377億円より大きい。カセットテープは、SACDやMDなどとまとめて「オーディオその他」として数えられ、6億500万円だった。

アイヴァズ氏は、デジタル化が進むほど人は身体で味わう体験を求めるようになると言う。だが日本の数字を見るかぎり、形のあるメディアそのものは珍しくない。CDはいまもサブスクリプションより売れている。ベルリンのブースが差し出しているのは、形があることよりも、一本しかないことのほうである。レコード会社が売った商品を積み上げる協会の統計に、誰かが自宅でラジオから録ったテープは出てこない。放送局自身の保管庫にさえ、古い番組はわずかしか残っていなかった。